現代人とストレス
現代は、ストレス社会の時代と言われています。物質的には豊かになったものの、心の触れ合いが少なくなり、寂しい社会です。しかも、変化し続け、仕事内容も高度に専門化し、油断すると、取り残されます。いろんな意味でストレスが絶えない社会だと思います。このストレスと言う言葉は、今では日常語ですが、本来は、物理学の世界で使われていた専門用語です。それはとても複雑な概念です。ある物体に、外部から圧力や刺激が加わると、それを跳ね返す力が働き、このため物体に歪みが生じます。このような1連の反応をストレス反応と規定されます。それをカナダの高名な医学生理学者ハンス・セリエが、私たちの心身の領域に応用したのがストレス理論です。私達は、常に刺激を受けています。少し専門的な話になりますが、その刺激が適度であれば問題はありません、しかし、刺激があるレベルを超えると、私たちの心身はそれをストレスとして認識し、自動的に、心身の機能が乱されないように守る働きが生じます。そのために、神経系やホルモン系が作動します。また心理的なストレスには、無意識のうちに恐怖感や不安を弱めるような防衛システムが心の中にあります。いわば心の免疫力とでも言えるような機能です。しかしストレスが大きすぎると、その防衛システムは、機能不全に陥り、もはや抵抗できずシステムは破綻します。これが、ストレスの限界点です。これからストレスの弊害について項目を絞って、順に説明します。
ストレスとマイナス思考
自分にとってストレスと感じることが、他の人には、ストレスに感じない場合があります。この事は、よく見られるところであります。しかしストレスが強すぎたり、たとえ小さなストレスといえども、次から次へと重なると、心身が疲労し、物事の受け止め方が、とても否定的、悲観的になります。要するに、心の中が、マイナス思考に傾きます。感じること、思う事が、とても後ろ向きになり、悪く考えるようになります。またマイナス思考は突然生じるのではなく、もやもやとした気分、どんよりした閉塞感などと感じられ、はっきりと自覚されにくいです。次に、マイナス思考のよく見られる心理について簡単に説明します。
マイナス思考についてのアドバイス
ストレスが限界に足した時、「問題を早く解決して、スッキリしたい、楽な気分になりたい」と思うのは、当然のことです。けれども、努力では解決しにくいストレスもあります。そういった時は、心を休めましょう。つまり、「もう、悩むのもやめよう」と、自分に言い聞かしましょう。特に、人間関係のストレスには、「何とか打開しよう!」と努力しすぎるより、軽く流すような、心のゆとりを持ってください。
ストレスと心身症
過度のストレスがかかると、様々な体の不調が生じてきます。
例えば、
このような不調が続くと、固定した症状が形成され、心身症と呼ばれるようなストレス疾患になることがあります。心身症は、もちろんストレスだけでなく、体質や過去の病歴なども関係しますが、精神的なストレスに大きな影響を受け、その経過も心理的な要素が大きく関係します。代表的な心身症を挙げます。心臓神経症、心因性喘息発作、神経性胃炎、過敏性大腸炎、神経性頻尿症、 偏頭痛、筋収縮性頭痛、円形脱毛症、接触性皮膚炎、チック症状、このように様々な病気があります。心身症の治療は、各科の専門の医師に治療を受けるのと並行して、心療内科でストレスケアやカウンセリングなどの心理的アプローチが必要になります。
心身症ついてのアドバイス
心身症を患う人には、大きく分けて2つの特徴があります。1つ目は失感情性と言って自分の気持ちを抑え、喜怒哀楽を口に出したり態度に表すことを、知らずのうちに抑制、抑圧するタイプの人です。2つ目は、何事も頑張りすぎ、勝ち負けにこだわり、失敗をとても嫌がる人です。共通点はストレスが溜まりやすく、それを発散することができない性格です。これから、心身症で悩まれる方に対して、どんな点を気をつけていくべきかアドバイスを送ります。
以上のことを踏まえて、ストレスに柔軟に対応しましょう。
ストレスと自己嫌悪感
職場の仲間 や クラスメート から、
そのようなことが続くと、自尊心がとても傷つき、その反動で自己嫌悪感が生じます。何とも言えない、ふがいない気持ちになります。「私にはもう生きがいがない」「できることなら、別の人生を歩みたい」「生きていても、楽しいことも感動もない」「いっそのこと消えてしまいたい」以上のように、自らを責め、自らを否定する自己嫌悪感はとても危険な兆候です。私たちが潜在意識の中で持っている攻撃的な本能が、自分自身に向いているからです。自己嫌悪感が続くと、この世に未練がなくなり、突然自殺することもあります。それはあってはならない、とても悲しい事です。家族や周囲の人はその兆候を重く受け止め「無理しないで」と暖かく支え、見守ってください。
自己嫌悪感についてのアドバイス
ストレスと人間不信
他者への不信感は、自己嫌悪感の裏返し、反動とも考えられます。他人から受けた辛い出来事、例えば裏切、悪口、差別、非難、が原因となります。特に、愛していた人や、尊敬していた人、あるいは信頼していた人から、とても辛い仕打ちを受けると、人間不信感を抱くようになります。「人は自分勝手で、信用できない」「愛しても裏切られ、愛することが怖くなる」このような心境になります。けれども、時間が経てば、“雨降って地固まる” ように相手に対する誤解、悪感は、知らず知らずのうちに、心の中から消えます。その理由について、発達心理学から説明すると・幼い頃のスキンシップ・心の触れ合い・遊びやクラブ活動での仲間意識・友人との良き思い出が、心の中にあるからです。それは信頼です。しかし、現実のストレスが強く、人間関係で対立、亀裂、摩擦、無視、が続くと、人への信頼感が失われ、人間不信が心の中に生じます。
人間不信についてのアドバイス
ストレスと依存傾向
仕事を終え、ビールを飲む、映画を見る、おいしいもの食べる、スポーツ観戦に熱狂する。そのような息抜きはとても大切です。いってみれば、健全な現実逃避です。しかし現実逃避の中には、そこに依存しきって、なかなか抜け出せないような、不健全な現実逃避もあります。
などが挙げられます。
最初は、遊び感覚、気分転換、気晴らしなど、軽い気持ちからスタートします。そこに 失恋、失業、受験の不合格等の挫折体験により、ストレスが限界点に達すると、心の中は、むなしさ、虚脱感でいっぱいなります。無意識のうちに、このような空虚感を補うかのように、何かに依存したくなります。「やめなければいけない」とわかっているのに、「やめられない。それがなければ、不安で落ち着けない」そのような心理になります。ギャンブルや賭け事に明け暮れる、毎日べろんべろんになるまで酔う、衝動買いに走る、無茶食いをして吐く、ネットゲームにはまりスマホが片時も手離せない。依存すると、夢中になり嫌なことが忘れられます。しかしそれは一瞬です。それどころか、とても苦しい弊害が生じます。
例えば、ギャンブルで勝った時の快感が忘れられず、負けても取り戻そうとして、 お金が無くなるまで続けてしまい出費がかさみ家計を圧迫する。お酒を飲むと気が大きくなり、開放的になって、虚しさが消えていく。しかし飲酒量が増えると、自制心が効かず、相手と口論になったり、トラブルが生じ、社会的信用を失う。気晴らしにウインドウショッピングのつもりで入ったお店で、何となく衝動買いをするが、必要なものではないので空けもせずにほったらかしにする。借金をしても衝動買いをやめられない。過食症も嘔吐した時は、食べ物をすっかり吐き出して、瞬間的にスッキリしますが、無理に嘔吐し、食道や胃に亀裂が生じ、消化管から出血します。それだけではなく、自己嫌悪感や劣等感に襲われるようになります。また、スマホゲームに夢中になりすぎて、昼夜が逆転する。周りから「頼むからやめなさい、君は意思が弱すぎる」などと説教したなら、うっとうしく感じ、たとえ親友であっても遠ざけ、孤独になります。最後には、依存対象や嗜癖物に、まるで心が取り付かれたように、そのことばかり考えるようになります。自由に考え、自由に思い、自由に感じる、つまり心の自由が、もはやなくなります。
依存傾向 についてのアドバイス
アルコール、ギャンブル、過食にかかわらず一旦依存症になれば、その治療はとても難しく、かなりの年月がかかります。現状では、専門的に扱う病院や医療機関で入院を含めた治療が必要になります。そうならないために、早いうちに依存傾向を自覚し、改める必要があります。
今まで説明してきたのは日常生活で心がけてもらいたいことです。結局のところ、心の空虚感を有意義な意味のあることで埋め、 情緒を豊かにする必要があります。しかしそれは“言うはやすし行うは難しです”。家族、友人あるいは恋人、まわりの協力が必要です。
最後に強調したいのは、依存症に陥る人は、言いたいこと、感じたこと、思うことを表現しない 、言わない、無口と言うよりも抑制がかかる人です。しかし、それでは心に不満が残ります。依存症を乗り越え克服するには、人とのコミニケーションがとても大切です。あせらず、ゆっくりと、マイペースで人付き合いを始めてください。徐々に、人の輪が広がっていきます。次に好きなこと、関心のあること、興味のある事 、自分が有意義に感じることを、見つけ出してください。そして趣味の活動やサークル活動、社会活動などに参加して、人とふれあい、意見を述べ、相手の意見も尊重する。そのような活動の中で、視野を広げ心の空虚感を払拭してください。
ストレスとうつ状態
ストレスが続き限界に達すると、うつ状態をきたすことがあります。悲しい出来事にだけでなく、大切なものを失う、あるいは失うであろうと言う不安が、うつ状態の最大の原因です。例えば、転勤 、転職 、引っ越し、 離婚などの環境の変化や、友人 、恋人 、家族との離別など、自分にとってなくてはならないもの、慣れ親しんだものを失う。それに伴う寂しさ、孤独感、無力感が強いストレスになります。それと同時に、意識しにくいのですが、自分の才能、自分の長所、自分の能力、つまり自分自身への信頼感が、失はれる辛さ。あるいは、それが生かされない歯がゆさ。そのような心理が、うつ状態の心の中に隠されています。ところが、心療内科に相談に来られる患者さんの中には、外見からは、やや元気がなく、少し陰気な感じがする程度です。しかし、接してみて、よく話を聞くと、ストレスが限界点に達して、うつ状態特有の心の変調をきたしています。気力、意欲、集中力が落ち、理解力、判断力が本来とは違う。「小さな事でも、すぐに決められない」「考えが先に進まない、まとまらない」「いろんな心配事が頭に浮かびなかなか寝付けない」といった精神面の不調だけでなく、自律神経も変調し、微熱、頭痛、めまい等の身体の不調感も出現します。また食欲や性欲がなくなります。うつ状態は、少し休養すれば良くなるような、単なる心身の疲労ではありません。ストレスが限界に達し、それに抵抗できず、心身のエネルギーが枯渇した状態と考えてください。
うつ状態に対して心療内科医のアドバイス
ストレスケアとカウンセリングについて
ストレス疾患に対して、ストレスケアを行います。ストレスケアとは、カウンセリングなどを中心とした心理的援助です。最初に、問診や心理検査を行い、ストレスによってうつ状態や不眠症、心身症のような症状がないかどうかを判断します。次に患者さんの話に耳を傾け、ストレスで疲れきった心を受け入れ、理解し、支えていきます。それは特殊な技法ではありません、患者さんが抱えているストレスや悩みを会話の中で考え、アドバイスを送り、気持ちを整理するのが目的です。それに加えて、カウンセリングの中で症状や状況を要約し、フィードバックします。そうすると「自分はこんな症状で悩んでいる」とか「自分の本当のストレスは?」「ストレスの程度は?」など、自分自身に対する理解が深まります。私自身の考えでは、カウンセリングは、紋切り調にならず、時々、雑談も含んでface.to.face.で日常会話のような、話しやすい雰囲気を作ることが大切です。ストレスケアが進むと、自らの問題点やストレスによる弊害や影響を、冷静に受け止め、余裕を持って対応できるようになります。そしてストレスケアの最終的な目的は、心の免疫力を高め、ストレスに強くなってもらうことです。
信頼関係とカウンセリング
当然のことですが、心理カウンセリングは、その時の思いつきで話したり、その場かぎりの思いやりや、同情ではありません。しかし、人は感情に流されることもあります。
「カウンセラーや治療者のこういう冷静な態度が、嫌になる。ぜんぜん自分のことを理解してくれない。もっと暖かく優しく自分を受け入れてほしい。」と悩んで、カウンセリングが思うように進まないと感じることもあります。カウンセリングは、とてもデリケートな治療法です。
けれども、ストレス疾患で悩める方には、非常に有効な治療法です。繰り返し説明してきたように、心のケアでは、コミニケーションを深めることが大切で、そのために治療者と患者が、お互い信頼し合う、あせらずにゆっくりと心を落ち着かせる、これが治療の成否の鍵です。
まとめとして
一昔前、私たちは、持ちつ持たれつの関係を、大切にしてきました。家庭では、食卓を囲んで、団欒のひと時がありました。会社でも仕事が終われば、上司や同僚と一杯飲みながら、その日の疲れを癒す。ところが、今では人間関係がとてもドライになったような気がします。家族ではすれ違い、会話も少なくなっています。また会社では、 結果主義、成果主義のため、人間関係がとても事務的で表面的になっています。言い換えると、一見あっさりしているものの、冷え切った個人主義的な社会に、変貌しているのではないでしょうか?どちらが良いか悪いかは別にして、ストレスの問題から考えると、今の方が、精神的なストレスが絶えない時代になったと思います。気づかぬうちに、ストレスの限界点に達して、心身の不調をきたすことは、このような社会環境の中では、決して希なことではありません。最後に述べたいのは、ストレスの限界点に達した時は、がむしゃらに、ストレスに立ち向かうよりも、一休みするような、心の余裕を持ってください。周りの人は、他人事と考えず、暖かく見守り、理解し、サポートしてください。そして「必ず良くなる」と希望を与えて下さい。
最後に
私が旧大阪新聞で連載した心の健康相談の中でのコラムをホームページのために要約しました。症状理解に役立てば幸いです。
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